日本語の連濁は、長い間国語学界の謎とされてきた
by iwaoka3
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動詞と名詞の複合語
1.複合語の動詞と名詞の区別 
 複合語における名詞と動詞の区別も明らかにしておきたい。
ここでいう名詞とは、いわゆる名詞と連用形名詞と形容詞の語幹を指す。ここで問題となるのが連用形名詞である。動詞の連用形が動詞か名詞かを区別する必要がある。動詞連用形は、それと用言(動詞や形容詞や助動詞)をつなげる大切な役割をもっている。
「食べ」は「食べ過ぎる 食べにくい 食べている 食べた」のように、食べる動作を詳しく述べている。
「~過ぎる ~にくい ~ている ~た」等の用言は終止形である。
「入れ替える」「繰り返す」のように複合語の後項に動詞の終止形がきた時も、前項の動詞連用形は動詞である。
日本人が動詞であると認識する一つの要因は、助動詞がついても終止形で終わるという点にある。
ただし、「です・だ」は助動詞の終止形であるが、これは名詞にのみつく。
食べ過ぎです」は連用形名詞であるが、「食べ過ぎました」は動詞である。
「遊び心」「捨て台詞ゼリフ」「育ち盛り」「思い通り」のように複合語の後項に名詞や動詞の連用形がきた時、前項の「遊び~」「捨て~」「育ち~」「思い~」は意味上名詞である。また、後項の動詞連用形も働きは名詞である。この場合文にすると「育ち盛りある」「思い通りなる」と助詞がくる。
「盛り」は動詞のようにみえるが、本来名詞である。「盛る」や「盛ります」とは言わない。
「通り」にはいろいろな意味があり、名詞と動詞で意味が異なる。
動詞は「通る」で、「店の前を人が通る」のように動作を表す。
名詞は「銀座通り」「並木通り」「裏通り」のように、道を表す。
「思い通り」「此の通り」「文字通り」「元通り」等は、「~と同じ状態」という意味の名詞である。

 動詞の連用形が動詞か連用形名詞かはすぐ後ろにくる言葉で決まる。
上一段動詞の場合、「着る」「煮る」等連用形は「着」「煮」と漢字一時で表される。これが名詞か連用形名詞か動詞かを決定するのは前後にくる言葉による。
①「上着 下着 晴れ着 普段着 古着 着物」
②「着替ガえ 着心地 着倒れ 薄着」 
③「着替キカえる 着飾る」
①の「着」は名詞、②の「着」は連用形名詞、③の「着」は動詞である。
特に、②と③のように同じ言葉が動詞と連用名詞形に分かれていることもある。
「着替ガえ」は今着ているものとは別の着物を指し、「着替カえる」は今着ている物とは別の物を着るという意味である。「着がえる」ともいうが、これは「着がえ」がそのまま動詞となったものである。「着がえをする」ともいう。

①甘露煮 雑煮 佃煮 含め煮 味噌煮 
②煮魚 煮汁 煮豆 煮返し 煮切り 煮込み 煮付 煮干し  
③煮返す 煮込む 煮詰める 煮含める 
これも、①②の「煮」は名詞と連用形名詞であり、③は動詞である。
従って、「動詞連用形+動詞連用形」は「名詞+名詞」と意味上同じである。
連濁では、いわゆる名詞と連用形名詞は意味上同じ名詞として扱われる。しかし後で述べるが、両者にも区別はある。連用形名詞はいつでも動詞になりうる。
日本人が複合語で、それを動詞と認識する条件は
①後項の動詞が終止形である。 
②複合語の後ろに助動詞等の活用のある語がついても必ず終止形で終わる。
名詞の場合はすぐ後ろに助詞か助動詞なら「です だ」がくる

2.動詞と名詞の複合語の働き。
 和語の動詞は一つの単語に多くの意味が含まれることもある。
よく使われる「かける」という語は漢字で書けば「掛ける」「架ける」「懸ける」「賭ける」と四種類ある。それは、和語では「かける」という一つの言葉が漢語では四つの言葉として使い分けられているということである。
更に、他の意味も含めると「駆ける」「駈ける」「翔ける」・「欠ける」と実に多い。
しかし、「眼鏡をかける」「野山をかける」「月がかける」等と他の語と組み合わせて文になれば、「かける」の意味の相違を理解できる。
「掛ける」は「追い掛ける 詰め掛ける 話し掛ける 見掛ける」等複合語(53例)が多い。それは「掛ける」の意味の幅が広く、文脈によってそのどれであるかが決定されるからである。「~する」のように、他の言葉と結びついて初めて具体的な意味が分かる語もある。
「駆・駈・翔ける」「欠ける」はその意味の範囲が限られているので複合語はほとんどない。
このように動詞の複合語は、単独では広汎な意味しか表せない言葉をより細かく意味を限定するためにある。
名詞は「事物の名を表す語」であるから、その意味に曖昧さはない。
「笑顔ガオ 素顔 得意顔 とぼけ顔 似顔 寝顔 横顔 知らん顔カオ」等名詞にも多くの複合語がある。しかし、その複合語には動詞とは異なった働きがある。「顔」の複合語は、いろいろな顔の種類を並べるものである。前項は顔の説明である。 
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# by iwaoka3 | 2009-11-15 20:18
連濁と文法 
 連濁を考えるうえで、文法・特に名詞か動詞かという区別がとても大切な要因である。
連濁にはいる前にまず、名詞と動詞について考えたい。
 
一、名詞と動詞の区別  我々は日常、動詞と名詞の区別を意識していない。しかし、実際には無意識のうちに動詞と名詞の区別をしている。それは丁寧の助動詞「です」と「ます」の使い分けを見れば明らかである。
「です」は名詞の後ろに使い、「ます」は動詞の後ろに使う。
ご飯です」「ご飯を食べます」
「今日は仕事です」「仕事をます」 
「これは千円です」「千円払います」 
このように名詞の後ろにはデス、動詞(連用形)の後ろにはマスを使い分けて間違うことはない。
これは個人個人が誰でも、動詞と名詞を明確に区別しているからである。
しかし、次の例は動詞に「です」と「ます」が使われているようにみえる。
「今、会社の帰りです」「これから帰ります」 
「駅までは歩きです」「駅まで歩きます」 
「温室育ちです」「温室で育ちます」 
「アパートではなく一戸建てです」「家を建てます」 
これらの「帰り 歩き 育ち 建て」の形は動詞連用形である。
しかし、意味上の働きは名詞と動詞に分かれる。
「車のハンドルには遊びが必要である」 「が必要である」
「独り暮しはゴミ捨てが面倒だ」    「掃除が面倒だ」
育ちがいい」            「がいい」
「私の思いが通じた」         「が通じた」
「遊び 捨て 育ち 思い」はすぐ後ろに格助詞(名詞や代名詞につく)がくる。
「金 掃除 品 心」と同じように名詞である。
動詞の場合は「外で遊びます」「遊び呆ける」「ゴミ箱に捨てましょう」「捨て去る」のように、すぐ後ろに格助詞はこない。動詞や助動詞の終止形がくる。

例文の「帰り・帰る 歩き・歩く 育ち・育つ 建て・建てる」をみると、「帰り 歩き 育ち 建て」は名詞で、「帰る 歩く 育つ 建てる」は動詞である。
この名詞と動詞の意味の違いを日本人は理解している。
この連用形は「帰る事・歩く事・育つ事・建てる事」等、事を表す意味上の名詞である。
動詞連用形の場合にも「です」と「ます」で、名詞と動詞をきちんと使い分けている。
このように、動詞連用形は名詞でもある。意味も名詞としての事柄だけを表し、この場合は動詞としての動きや作用の判断を表さない。これを「連用形名詞」と名付けることにする。
我々は文法を一人一人頭の中に持っていて、名詞か動詞かを実は自分で区別している。きちんと分かっているけれど、それを説明出来ないだけである。それを本によって学習すると面倒臭くなり嫌いになる。「文法は一向に分からないけれど、日本語喋るにゃ困らない」ということである。
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# by iwaoka3 | 2009-10-15 10:38
連濁と否定語
 「不」「無」等の否定の語が前項にくると、後ろの言葉は連濁を起さない。
丸腰ゴシも無腰コシも同じ意味であるが、「無」がつくと連濁をおこさない。       
不恰好ブカッコウ 不勝手フカッテ  不器用ブキヨウ 不綺麗ブキレイ 不景気 
不心得 不細工ブサイク 不仕合せ 不躾 不始末 不確か 無嗜みブタシナミ 
等がその例で、「不」「無」は漢語である。 
例外
次のもののみ連濁をおこすが、これらは意味上連濁をおこす言葉である。
後項の言葉の否定ではなく、複合語がその社会で限られた意味を表している。
不詰り(道理にあわないこと) 不揃い 「詰り」「揃い」は全て連濁をおこす。
不印フジルシ 不様ブザマ(隠語・罵り語は連濁をおこす) 
不勤めフヅトメ(遊女に関することは連濁をおこす) 
不払いフバライ(支払いに関することは連濁をおこす) 
ふ 不死身(体や気力が強い人) この他の不は全て連濁をおこさない。
む 無印(しるしがない 競馬などでマークされない馬)   
この他は後項の言葉の否定を示し連濁をおこさない。不は無と代れるものも多い。 
ぶ+清音 
不恰好 不器 不器用 不器量 不綺麗 不細工 不沙汰 不作法 不躾 
不祝儀 不精 不信心 不粋 不嗜み 不調法 不風流 不返事 不奉公 
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# by iwaoka3 | 2009-09-15 21:56
連濁と助詞「の」「が」「つ」・促音便「っ」
 助詞「の」「が」「つ」や促音便「っ」の後ろの言葉は連濁をおこさない  
助詞「が」「の」「つ」は言葉と言葉をつなぐ助詞である。
これらの助詞が脱落する時に連濁がおこる。
その例は次の如くである。
市神 イチノカミ イチガミ  男神 オノカミ オガミ   年神 トシノカミ トシガミ    
産神 ウブノカミ ウブガミ  草花 クサノハナ クサバナ  
里の子コ   里子サトゴ      秋の空ソラ 秋空アキゾラ      
産みが月ツキ 産み月ヅキ   顔が花ハナ  顔花カオバナ         
逢魔が時トキ 逢魔時オウマドキ
「顔が花・天つ空」のような助詞「が」「つ」は今では「の」に取って代わった。

 後項の語頭がハ行音の場合、半濁音が起こる。
半濁音とは、ハヒフヘホの音がパピプペポの音に変化した音である。
草の原 草っ原パラ    横の腹 横っ腹パラ
負けっ振りプリ   

 しかし、助詞が脱落しないで残ったものが一語となった言葉もある。語源は二つの言葉であるが、「数の子」のように一語となった例も多い。
合の子 亥の子 数の子 鹿カの子 簀子スノコ 筍タケノコ 茸キノコ 槌ツチの子 砥トの粉 火の粉 菜の花 
梅香ウメガカ 辻が花 我が妻 梅つ月 遠つ国 庭つ鳥 天つ空  
等がその例である。
例外 天の川ガワ 草つ月ヅキ(陰暦八月) 花つ月ヅキ(陰暦三月)  
(月の名前は種類も多く日常よく使われたので例外も多い)
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# by iwaoka3 | 2009-08-15 23:57
連濁と接頭語・接尾語
1.接頭語 
 接頭語とは「常に他の語の上に付いて、語調を整えたり・意味を添えたり・強めたりすることば」といわれている。
接頭語「お」は他人に対する尊敬や丁寧な気持や「お富さん」のような親愛の情も表した。
日本語は主語を省略することがよくある。そこで、他人やその行為に対して「お」を付けることによって、自他の区別を表した。
「お元気ですか」は相手に尋ねる表現であり、「元気です」は自分や自分の身内のことを表現している。自分の物や行為には「お」はつけない。
家の中では「お父さん」「お母さん」であるが、外に出れば「父」「母」である。
お魚 ご親切 差し控える うち続く 眞薦マコモ「お 御 差し 打ち 真」等が接頭語である。接頭語の後ろの言葉は連濁を起さない。
しかし、各語について接頭語であるかどうかは定説がない。
「打ち合せ 打ち落す 打ち殺す 打ち続く」等の「打ち」はどれが接頭語であるか。「打ち」の場合、文脈の中で本来の「打つ」という意味がある場合は接頭語ではないと定義したい。「打ち」が単なる強めなどの場合は接頭語である。
「真マ」をみると、真仮名マガナなど「真マ」の本来の意味 
「ほんとう」 「揃っていて完全である」 「正確に」
「生物の或る種類のうち標準となる種類に冠する(真竹ダケ 真鴨ガモ)」
等の意味を表わす場合は接頭語ではない。
本書では、前項の言葉に本来の意味がないと考えられる場合や単なる強めや美称や丁寧語の場合は接頭語とした。
「御雛オヒナ」のオは接頭語、「男雛オビナ」のオは複合語の前項である。
このように、連濁によって意味の違いが明らかになる。
例外として、「か・さ・た」等無声音一字の接頭語がある。これは後ろの言葉が連濁をおこす。
「か細いボソイ」「さ霧ギリ」「た走るバシル」がその例である。
これは意味を強めるためや、発音によるものと考えるか。又は接頭語といわれる「か・さ・た」は意味のある言葉で、「か弱い・さ百合・たばかる」は複合語であるのかに関しては、研究の余地がある。しかし、「かほそい」「さきり」「たはかる」では、発音しにくいし言葉の印象が薄い。単なる強めともとれる。 
「青さ」「青み」「青っぽい」をみると、それぞれ意味が異なる。
「青さ」は青い色の程度を意味する。「深さ」「弱さ」「寒さ」「嬉しさ」等、「~さ」はいずれも程度を表している。
「青み」も青い色の程度を意味するが、「青さ」は青一色の中での濃淡を問題としている。「青み」は他の色もある中で、青の占める程度を表している。
「青っぽい」はそのように見えるという意味で、全くの青でなくてもよい。
「安っぽい」「男っぽい」「子供っぽい」等、中身はどうであれそのように見えるという意味である。
以上の例で分かるように、「~さ」「~み」「~っぽい」には大切な意味が込められている。
「か弱い女」と「弱い女」では意味が異なる。
「か弱い女」は一般的に女性は男性よりも弱いという意味で、身体的な力や精神力が弱いという意味である。「弱い女」は他の女性と比較しても弱いという意味である。「か細い声」は、細くて弱々しい声という一般的な形容である。「細い声」は他と比較して、低くて小さい声という意味であろう。
「皐月サツキ」のサは接頭語ではないし、連濁もおこさない。
接頭語にはどのような例があるか見てみよう。「ご」は漢語につくので、省略する。
お~ お母さん お返し お澄まし 御御御付オミオツケ お手洗 お天気 
み~ 御輿ミコシ 御宝 御標縄ミシメナワ 御溝ミカワ 御国 御園 御霊ミタマ  
打ち(たたく・撃つの意味がある時は接頭語ではない) 
打ち勝つ 打ち消す 打ち揃う 打ち立てる 打ち倒す 
差し 差し控える 差し止め 差し曇る 差し加える 差し進む 
立ち 立ち別る 立ち至る 立入り 立ち後れる 立返る 立ち隠る 
取り 取り囲む 取り調べる 取り捨てる 取り繕う     
真  真杭 真草 真櫛 真子 真柴 真清水 真玉 真日 真火
  
「棚」「生イキ・ナマ」は接頭語と言われているがこれは接頭語ではないと考える。
「生」ナマには、次のような意味がある。
①動植物を採取したままで、煮たり、焼いたり、乾かしたりしないもの。また、その状態。
②材料に手を加えないこと。作為をほどこさないこと。「―の声」
③録音・録画などでなく、直接に視聴すること。
④技術が未熟なこと。完全でないこと。「職人としての腕が―だ」
⑤生意気の略。「―をいうな」   ⑥現金。げんなま。
⑦なんとなく。どことなく。
「中途半端で不十分」の意味があり、「生臭坊主ナマグサボウズ」等の罵り語の「生」は接頭語とはいえない。
未熟な・馬鹿なといった罵り語の単なる決まり文句といえる。
「畜生」も罵り語で、前項に「生イキ・男」がくると、連濁をおこす。
「生イキ 死シニ 阿房 馬鹿」は接頭語といわれているが、相手を罵倒するための言葉である。後項には「面ツラ」「騙りカタリ」「掏摸スリ」「盗人」等が罵り語に用いられる。罵り語は連濁をおこす。
「騙す ダサイ だれる」等よくない言葉には濁音が多い。これらの言葉は比較的新しい言葉である。  
「騙カタリ」は連濁をおこさない。連濁をおこすと「語り」とまぎらわしいからである。連濁は日常よく使われる言葉に多くおこる。
「棚」
「棚雲グモ」「棚曇りグモリ」などの「棚」の意味も「棚状のもの」と考えられるので、接頭語とはいえない。本来の意味がある。

 これまで「打ち 差し 取り 立ち 棚」等は、接頭語か本来の意味かの区別がはっきりしていなかった。
その区別は、接頭語の後ろの言葉は連濁をおこさないということが連濁によって明らかになった。後項の言葉が連濁をおこす場合、その前項の言葉は接頭語ではない。

2.接尾語 
「鯱シャチホコバル張る」「勿体振る」「浮き足立つ」「腹黒い」の「張バる 振ブる 立ダつ 黒グロい」は接尾語とあるが、これは複合語の後項の語が連濁を起こしたもので接尾語ではない。
この書の考え方として、動詞や形容詞の終止形の形での接尾語はないと考える。それは動詞や形容詞が連濁をおこした言葉で、状態を表す。 
接尾語に関しては、文法の項で取り上げる。
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# by iwaoka3 | 2009-07-15 23:56